和紙のあかりや器を作るアーチストです。57歳。肺にガンが見つかりました。生きることに全力を挙げる毎日が始まりました。
by shib2
作品はウエブサイトで紹介してあります。ぜひごらんください。
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【訃報】

柴田恒雄さん(mixi:のはらまんさん)は4日午前2時38分、療養中のところお亡くなりになりました。心からご冥福申し上げます。


※この日記は元祖いまじんが代筆しています。のはらまんさんは、私が昨年11月12日にお見舞いに伺った際に、この日のお知らせを皆様にお伝えするようにと託されておりました。
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# by shib2 | 2007-01-04 10:45 | 抗ガン日記

生きるために

2006年も終わりの12月28日ですね。
今日も外出で家に帰りました。
しかし今日はこれまで二回とは全くちがう感じがします。

正直言ってぼくはあの安全で居心地のいい病院から出て暮らすという決意も用意も前二回のときはありませんでした。
今日は酸素発生機が家に持ち込まれ今ぼくはその酸素をすっています。
昨日ぼくは朝、強い不安にかられ、話せる相手をみつけてはほとんど一日中泣いていました。
病院にいては気がめいるばかりで、かといって家で生活できる自信もなく、頭がおかしくなりそうでした。
そういう兆候はありました。
この世が生き地獄みたいに思えたときもありました。
そこからなんとか自分の理性で脱出しようと思うのですが、他ならぬ理性がそういう状態に陥っているのでもがけばもがくほど苦しくなるばかりでした。わずか数日前のそんな生々しい状態を思い出したくありません。

そこからどうやって脱出したのか、いやまだほんとに脱出できているのか、自信はありませんが、理性は捨てて丸裸になることにしたんです。ある方が送ってくださった「般若心経」の中の言葉がヒントになったかもしれません。
昨日は泣きながら、自分が求めているのは一体なんなのか、永遠の命なのか?そんなもの誰にもありはしない、自分は死ぬためにここにいるのではない、生きるためにいるんだと思いました。
そうしたら少し気持ちが楽になりました。
自分は死ぬことばかりを考えていた、生きることを考えなければ、と。

それを、よる面会に来た妻に話しました。
すると妻は、あなたはこのごろおかしかった、がんに負けてる、と言いました。
ぼくは全くそうだったと思いました。
ぼくはすっかりがんに負けて精神的に追いつめられていたのでした。
ぼくは妻の手を取って顔をなでてもらいました。
そうやって妻の力をもらいました。

そうしてぼくは自分の家でもう一度自分の生活を始めることを現実的に思えるようになりました。
それにはたくさんの障害があります。
トイレに行っても息が切れてしばらく休まなければなりません。しかし酸素の援助のおかげで、落ち着いてさえいれば脈拍数も安定してきます。
考えようによってはすべてが恐怖とパニックの対象です。
しかし、落ち着いてさえいれば、基本的にみな乗り切れることばかりのはずです。

一番困るのは睡眠中にも数時間置きにやってくるたんのつまりです。
しっかり出さなければなりません。
しかしぼくにはできます。
病院ではパニックを起こしてベッドで暴れて看護師さんたちに助けられたこともありました。それはもう自分で落ち着いて対処できるようになりました。
病院ではそういうことの練習をしていたんですね。

お正月が明けたら一度家に泊まってみたいです。
人手のあるときの方が何かといいですからね。
ぼくは生きるためにここにいる。そのことに絶対に間違いはありません。
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# by shib2 | 2006-12-29 12:31 | 抗ガン日記

イブ

こんにちは。
今週も帰ってきました。
思うと先週は、外出で帰宅して、家ではずっと緊張していたようです。
病院に帰って疲れが出て翌日は具合が悪かったです。
外泊で家で寝るためには、夜中の状態が安定していないといけません。激しい咳で眠れなかったり、タンが多くて苦しんだりしたことがありましたが、経験のある看護師さんのアドバイスと、主治医が出してくれた薬のおかげでゆっくり朝まで眠れるようになりました。寝る前に氷を使ってタンを出してしまいます。朝も目が覚めたとき氷で夜中にたまったタンを取ります。すると一日が気持ちよく始められます。
おそらくこれで夜中に慌てることなく家にいても大きな不安はないはずです。

調子が良くなったと書きましたが、残念ながらがんが治ってきている訳ではありません。それでもこうやって体力を回復し、生活を回復すれば、有意義な生活が送れます。ぼくはそれをとても楽しみにしています。
家では娘夫婦と孫が待っていてくれました。
今日はクリスマスイブですね。ラジオではすてきな音楽をずっとやっていて、部屋にはコーヒーの匂いがいっぱいです。残念ながらぼくには飲めないんですが。

皆さんどんなイブをおすごしですか?
では皆さんによいことがありますように。
ぼくも家族でゆっくり楽しむことにします。
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# by shib2 | 2006-12-24 11:48 | 抗ガン日記

「外出」で家に帰っています

こんにちは。
今日はぼく、のはらまんこと柴田恒雄本人がアクセスしています。
まだ退院じゃないんです。
「外出」で一時帰宅しました。
胃に直接栄養を入れるための手術はうまくゆき、薬も入れられます。
十分な栄養を摂取できるようになったので、めきめき回復してきました。
おまけに間違って肺に入る、誤嚥の心配がなくなったので肺炎の危険もなくなりました。
練習をして自分で栄養パックをつなぎ、薬も入れます。

また家に帰ってこられたなんて夢のようです。
早速義弟がのぞきにきてくれました。ぼくは声が出ないのでおしゃべりに加わることはできないのですが、愉快なおしゃべりと笑い声、ほんとにいいもんですね。

後になってしまいましたが、皆さんの励ましありがとうございます。わざわざ東京から来ていただいた方もいらっしゃり、久しぶりの再会を楽しみ、帰ってほしくないような楽しい時間を過ごすことができました。どんなに力になったことでしょう。
本当にありがとうございました。

一時、よくなかったときには、お正月は迎えられないんじゃないかとも思いましたが、今の計画では、多分お正月には「外泊」で、家で過ごせるんじゃないかと思います。
退院はまたその後のことになります。
昼は一人なので、一人で身の回りのことを全部やって、万一のときにも対応できるというのはなかなか大変で、もっといろんな工夫や助力が必要です。
しかし今度の経験でぼくはとても自信がつきました。
退院後の生活もうまく解決してゆけるんじゃないかと思っています。

久しぶりの家でゆっくりしているところです。
夕方にはまた病院に戻ります。
とりあえず皆さんにお礼とご報告をしなければと思いました。
来週もまた帰れるんじゃないかと思います。

ではほんとにありがとうございました。
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# by shib2 | 2006-12-17 13:51 | 抗ガン日記

生きています

こんにちは。あっという間に入院が1ケ月を超えました。この1ケ月は5年分くらいの長さがありました。肺炎は2週間で治りました。その後、声が出なくなり、物が飲み込めなくなりました。いま、食べることも水を飲むこともできません。点滴で栄養を補っています。来週、胃に直接栄養を入れられる手術をします。痰が酷く夜中に痰がからんで苦しくなることも時々あります。酸素も鼻から吸入を受けています。こんなことが続けて起こったので、まただいぶん泣いてしまいました。妻と娘で手を取って泣いたこともあります。でも今は落ち着きました。食べられなくても氷を口の中で舐めます。水は口から出すけれど、口の中が綺麗になって痰が出しやすくなります。夜、妻が冷たいタオルを顔にのせてくれると、水が直接細胞に入るようです。
癌は進みましたが、生きる喜びは沢山あります。遠くから来てくれた元祖いまじんさんと一緒に入れるのが今の最大の喜びです。僕はまだまだ死にませんから、どうぞみなさんもお元気で。

代筆: 元祖いまじん(八代の労災病院にて)
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# by shib2 | 2006-11-12 12:30 | 抗ガン日記

労災病院に入院

今日午後から労災病院に入院することになりました。
今度はなるべく早く帰ってきたいと思います。
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# by shib2 | 2006-10-06 09:03 | 抗ガン日記

精神は

多くの人は形のあるものを追い求める。
ぼくも熊大に入院していたとき、調子が良くなると退院後自分がしたいことをあれこれと考えた。
今毎日寝ているだけだ。
でも人間は何もしなくても成長することができるんじゃないか?
病の苦しさと戦う。医師や家族の協力を得て。
これだけでも偉大なことではないか。
形のあるものを追い求めると焦りが生ずる。
ぼくは堂々と毎日ゆったりと寝てすごそう。
それを通じて精神はきっと成長できるはずだ。
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# by shib2 | 2006-10-06 08:33 | 抗ガン日記

慌てず焦らず

今朝は具合が悪い。
昨夜吐いた。
まだ少し吐き気が残る。
風呂に入れないので体が不潔になって悪臭がするようになってしまった。
さっき妻に熱いタオルで拭いてもらう。

車検のできた車を取りにゆかなければならないが到底ゆけそうにない。
今日からは山の仕事場で過ごそうと思っていたがあきらめなければ。
来週の火曜日のT先生の外来も行けそうにないので今日後から電話して入院できるならさせてもらおうと思う。

入院はいやだ。
せっかく退院したばかりなのに。
でもそんなことは言っていられない。
頼んですぐに入院できるんだろうか。

何かを食べないと薬=イレッサが飲めない。
飲んですぐ吐いてしまったらもったいないな。
オランダでは安楽死が合法とされていることを思い出す。
しかしぼくの体は死とはほど遠い。
ぼくの体は健康体の方に近いだろう。
死を望めばそれは死をむさぼることになるだろう。
与えられた条件の中で最善を尽くす以外どんな現実もない。
焦らないこと慌てないこと、ゆっくりゆっくりしていよう。
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# by shib2 | 2006-10-06 07:59 | 抗ガン日記

強くなること

夕方の日記です。

今日は労災病院の外来で久しぶりにT先生に診てもらいました。
T先生もいい先生だなあ。
話をよく聞き、十分説明し、こちらの苦痛を取り除いてくれようとする。
信頼して体を預けられる。

レントゲンで右の肺が肺炎になっていた。
左の肺は何ともないので誤嚥性肺炎と診断。
抗生物質を点滴してもらった。

家に帰ってばたんと寝る。
カッカして目が覚める。もし高熱が出ていればT先生に電話してタクシーで行って入院させてもらおうかと思ったが37、3度でほっとする。
少し体は楽なような気がする。

今日も一日寝ていた。
さっき、朝出かけていった小学生たちが帰ってくる声がした。
今日一日何を勉強した?
ぼくは強くなることを勉強したよ。
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# by shib2 | 2006-10-05 18:36 | 抗ガン日記

慈しみ

おはようございます。

今朝はこんな日記を書くことを許してください。

明け方がつらい時間です。
夢を見た後死のイメージがやってきます。
昨日は夕方熊本放射線外科で検査を受けました。
そのとき着替えるときに自分の裸を見ました。胸や腕の筋肉がすっかり落ち肉も落ちて骨が浮き出て見えました。それにぼくは死を感じました。
そのときのイメージが明け方しきりにやってきました。

昨日もつらいときもう死にたいと思いました。
しかしぼくは死ぬには早すぎます。
死はそんなに簡単に人間の都合でやってきてくれたりはしません。

すっかり夜が明け窓を開けました。
朝の空気が入ってきて朝日を浴びた隣の家や鳥の声、学校へ行く小学生たちが見えます。それはぼくの気持ちを明るくしてくれました。

ああこれからもぼくの心はこんな風に生と死が満ちたり引いたりする波打ち際になるんでしょうか。
こんな自分を許し、受け止め、受け入れたいです。
そして慈しみ、愛したいです。

今日は労災病院の外来にゆきます。
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# by shib2 | 2006-10-05 08:59 | 抗ガン日記